炬燵兵法
















 その日の朝もまず一番に主の部屋を訪れると、昨日までは無かったそれが目に飛び込んだ。

 「政宗さま、おはようございます・・・今年はまた随分と早いお出ましですな」
 少し呆れたふうに声を掛けた小十郎の目の前には、小造りな炬燵とそこに入って丸くなった政宗の姿があった。
 「おう、小十郎。今朝方かなり冷え込んだだろ?だから出させた」
 背を正すこともなく、さも億劫そうにそう答える政宗に、小十郎は苦笑して見せた。



 冬が長く厳しいこの奥州の地で防寒は欠かせないものだ。
 真冬には屋内であっても霜焼けや、酷くなれば凍傷などで手足の指を落としかねない。もっといってしまえば、火の気がなければ凍死する恐れがあるほどだ。
 この米沢城でも数多くある部屋のそこここに囲炉裏や火鉢が用意され、合議など人が集まる際は火が入れられる。
 そしてこの城の主である政宗の自室には、この時期炬燵が据えられるのも冬の風物詩となっていた。

 政宗はいわゆる"寒がり"だ。
 その余計な肉のない線の細さからか、単に体質のせいなのか。とにかく幼年の頃から殊の外寒さに弱かった。正反対に政宗の従兄弟である遊び相手の成実などは寒さにめっぽう強く、体の中に火でも焚いているのではないか、というくらいの暴れっぷりであった。
 母親であるお東の方あたりはそんな分家の嫡男を見て、『なんと我が子の軟弱なことよ』と失望するだけだった。が、傅役だった小十郎は『これではいかん』と、同じ傅役の姉の喜多とともに色々と手を尽くした。
 まずは厚着をさせず、寒さに慣らそうとした。天気がよければ出来るだけ外に連れ出し遊ばせたし、早朝の寒風摩擦、果ては寒中水泳までさせた。
 まだ相当に幼く、伊達総領息子として大事にされていた政宗にとって、それはかなりの努力だったと云っていいだろう。何より母親の関心を得たいが為の、いじらしいものでもあった。
 しかしそうした努力にも関わらずたいした効果は得られず、相変わらず寒さに震えることは止まなかった。
 それでもさすがに成長し、体が出来てくると以前よりはマシになったものの、やはり人よりは弱いと云わざるを得なかった。
 だから他よりも冬が早いこの北の地に霜が下りる頃には、政宗の部屋に火鉢が入り、そう時を空けず炬燵も入るというわけだ。



 「・・確かに今朝は今年一番の冷え込みだったようで。畑にも今年初めての霜柱が立ってましたな」
 「だろ?・・つーか、こんな寒い中、まず畑に行ったのか?Ha!呆れるねぇ・・ああ、オマエも突っ立ってないで入れよ」
 そう云いながら、政宗は自身の入っている斜向かいの辺の布団を捲り上げた。
 「いえ、俺は・・・」
 如何に付き合いが長く、深いといえども臣下である。弁えを忘れない小十郎は、主君と同じ炬燵に入ることを躊躇った。が、『Hey!早く入れよ、さみぃだろっ!』と政宗に急かされては、忠にも厚い小十郎は従うほかなかった。
 「では失礼を・・・」
 長い足を差し入れると寒がりではない小十郎でも、そのじんわりとした温かさにほっとした。
 「・・で、今朝はなんだ?」
 と、小十郎が携えてきた巻物や書状類を見て、政宗はげんなりとした表情で問うてきた。
 政宗は寒くなると炬燵のない表の書院には顔を出したがらない。だからこうして小十郎が決済や相談が必要な案件だけを持ってやってくるのだ。
 「それではまず、灌漑工事の件から・・」
 小十郎は柔らかい温かさに緩んだ頬を即座に引き締めると、いつものように政務に取り掛かった。

 そうしてしばらくした頃、小十郎はふと違和感に気づいた。
 今日は朝方から冷え込んで夜が明けてからも陽が射さず、どんよりとした曇り空はもうすぐ静かに舞い降りるだろう六花を予感させた。
 そんな気候だから政宗の自室には炬燵より前に火鉢は早々と入れられ、障子もキッチリと閉められて部屋自体暖かい。

 (しかし、こう、なんというか・・・)

 ・・・隙間風が吹き込むように、足元がすうすうとする。

 「an?どうした、小十郎?」
 集中力を欠いた小十郎に政宗が訝しげに聞いてくる。
 自分が感じているこの感覚を、斜向かいにいる政宗は感じていないのだろうか?
 「政宗さま・・その、どこからか隙間風が吹き込んでおるようですが、寒くはありませんか?」
 不思議に思った小十郎はそのまま口にしてみた。
 「んん?そうか・・?どこも開いてねぇけどな・・・」
 「左様で。では、はてこれは・・・」
 思案する小十郎を見ているうちに、政宗ははたと気づいた。
 「ああ、そうか!小十郎、Look!これだコレ」
 と、政宗は小十郎の向かい側の辺の辺りを指差した。
 大きな炬燵ではないが、小十郎の位置からでは向こう側の政宗の指差した先を見ることは出来ない。そこで自身の太腿を覆っている布団を捲り上げるとその大きな身を屈めて、炬燵の中から覗き込んでみた。すると───
 視線の先はぽっかりと空き、政宗の指先が見え、その先の畳や障子までもが丸見えだった。
 「こりゃ一体どういうことですっ!?」
 訳が判らずがばりと身を起して政宗を見れば、さも当然という顔で待ち構えていた。

 「どうって、お前。昔っから喜多とふたりでオレの寒がりを治そうとしてたじゃねぇか。だからこうやって片方を開けて寒さに慣れようっていうわけだ」
 小十郎は咄嗟に言葉が出てこなかった。
 (努力しようという心意気は認めるし、立派だ。しかし、こういうのを何と云うんだったか・・・)
 ちらりと視線を上げれば、『どうだスゲェだろ!』と得意げに胸を張る政宗に、小十郎はの脳が閃いた。
 「・・・ああ、炬燵兵法」
 「What?」
 「・・・いいえ、何でもありません」
 「ふぅん?・・ところで今夜は空いてるか?」
 「は・・?いえとくに何も・・」
 「そんなら付き合えよ。・・一人寝じゃ寒いからな」
 そう耳元で低く囁く主君に、小十郎はますます脱力しながらも仕方ないように笑った。






 <終>

※炬燵兵法(こたつびょうほう)・・・実際には通用しない無用の論説。【広辞苑より】