「・・・ふう。ったく、こんな山の中に・・・」

 成実は軽く息を切らせながらぼやいた。
 ろくに整備していない細い山道は馬では上れず、成実は途中から徒歩でその場所を目指した。さほど高さのない山とはいえ、やはり中腹まで上るとなると骨が折れる。道々、木立に巻きついた藤の花がその目を楽しませてくれなければ、やってられないと思ったほどだ。
 そうしてやっと辿り着いたその場所には、無造作に置かれた石仏と一本の卒塔婆、そしてまだ新しい草花が手向けられていた。

 「思ったより綺麗になってるじゃねぇか・・」

 きっと喜多あたりが足繁く通っているのだろうと、成実は見当をつけた。
 成実は持参した花を手向け、線香に火をつけ立てた。それからドカリと座り込むと、これまた持参した酒を石仏に振り掛け、自身も一口煽った。

 「・・・なるほど、いい眺めだ」

 そう呟いて卒塔婆とは反対側を望めば、眼下には城下が一望できた。
 成実は今日初めて小十郎の墓を訪ねた。










 蘆名との戦の帰途でそれは起こった。
 狭い峠道という悪条件を狙っての、蘆名の急襲だった。殿しんがり を務めていた成実が知らせを受け、駆けつけたときにはもう大方のことが終わっていた。
 そこここに横たわる蘆名兵の骸を避け、人だかりを掻き分けるとそこに横たわっていたのは、よく見知った顔。

 『・・小十郎っ!』

 駆け寄って膝をつくとぬるりとした感触と錆の匂い。自身の膝を見る見る染め上げる血溜まりは、大きな小十郎の体全体を縁取っていた。成実はその赤い色に眉を吊り上げた。

 『・・・何を、何をしておるのだ、お前は!』

 『やめろ、成実!動かしてはダメだ!』

 成実が怒りに駆られて肩を揺さぶれば、向かい側にやはり膝をついていた小次郎に諌められた。

 『ずっと傍についていてくれて・・小十郎は・・わたしを庇ったのだ・・』

 まるで許しを乞うように成実に説明する小次郎の眼からは、涙がはらはらと零れ落ちる。

 『・・軍医は!?どこだ、早く手当てを・・・!』

 成実の叫びに小次郎の後ろに控えていた綱元が首を振る。見れば軍医も既にそこにいたが、成実と目が合うとやはり目を伏せて首を振った。
 小十郎に視線を戻せば、目を瞑り、大きな息遣いを繰り返している。その顔色は土と血に汚れ、よく判らない。

 『こんな・・オレが殿を務めたのは、こんなことのためじゃねぇ・・・』
 
 こんな小十郎の姿を見たくなかったから・・!

 殿は後方の敵に供えての軍の最後尾だ。
 戦の最後、気の緩みがちな引き上げ時を狙われる事も多い。それが例え勝ち戦であろうとも、負けた方は腹いせも込めて、最後の駄賃とばかりに襲ってくることがあるのだ。そのため殿は後方の追ってなどに警戒して、少し遅れて隊列に付く。前方と引き離され、分断されれば全滅ということもある危険な役目だ。
 小十郎はそんな危険な殿を、やはり自分から志願する事が多かった。
 戦のたびに自らを危険に追いやる小十郎に業を煮やした成実はついに昨夜、当主である小次郎からの注意を頼んだ。そのときの小十郎は小次郎の言葉を素直に聞き入れていた。しかしそれでも不安を拭いきれなかった成実は、早々に殿を申し出て許された。出発前、そんな成実の行動に小十郎は『オレも信用がねぇな』と云って苦笑していたのに。

 『・・クソッ!』

 成実は怒りの向け場所もなく、はき捨てるように呻いた。

 『小十郎っ?!』

 小次郎の声に視線をあげると、小十郎が目を開けていた。

 『小十郎・・しっかりしろ!』

 成実が声をかけながら血濡れの手を握ると、小十郎はその視線を向けた。
 静かだが、何かを懇願するかのようなその目。

 その目を見た瞬間、成実は何もかもを得心した───いや、違う。
 本当はもうずっと前から気付きながら、目を逸らしつづけ、否定し続けてきたのだ。それをもう認めてやればいい。そしていまでなければ、もう永遠にその機会は失われるだろう。

 『小十郎・・もう、いいぞ。もう、お前の好きなようにして、いい』

 成実は震える声でそう告げると、小十郎はうっすらと微笑んで静かに目を閉じ、最後にひとつ大きな息を吐いた。










 小十郎の骸は戦場では例外的に丁重に扱われ、城下まで運ばれ、姉である喜多に引き渡された。
 喜多は驚きはしたが取り乱す事はなく、毅然とした態度で弟との対面を果たした。まるで、もうとうの昔に覚悟していたかのようだった。
 使者として遺骸に付き添ってきた成実は、君主を救った小十郎に対して小次郎以下重臣たちが盛大な葬儀の執行を希望している旨を伝えた。が、喜多は本人の遺言だからとその申し出を丁重に断った。その返事に成実も殊更驚くことはなかった。小十郎がそんなことを望まないのは長い付き合いで判っていたし、喜多もまたそうだろうと思っていたからだ。
 それから遺言とおりに一抱えほどの石仏と卒塔婆だけの墓が、城下を一望できる山の中腹に建てられ、葬られた。

 小十郎の抜けた穴は大きく、慣れないうちは成実始めみな忙しく過ごした。
 政務だけでなく、宴や能という行事においてもその不在を突きつけられた。所望すれば気軽に答えてくれた小十郎の笛の音を、もう二度と聞けぬことに愕然とし、淋しく思った。そうして政宗のときもそうであったが、片倉小十郎という男もまた、どれだけ得難い男であったかを、多くの者が思い知った日々だった。





 「確かに良い眺めではあるが・・なんだってこん場所を選ぶんだよ?ちっと町からも遠いし、骨が折れるから、そうそう来てもやれねぇぞ・・ったく、それとも死んでも傅役のときのようにオレを鍛えるつもりか?」

 成実はそんな穏やかな悪態を吐きながら酒を飲み、石仏へも染み込ませる。
 鶯の美しい谷渡りに顔を上げれば、周囲には新緑の木立が目に眩しく、その中には白い藤の花がちらほらと見える。そして墓の正面の開けた視界には、遠くの山には霞みがかかる長閑な春の終わりの景色が広がっていた。
 
 「・・・っ!」

 ぼんやりと景色を楽しんでいた成実だったが、突然立ち上がり目を凝らした。
 遠く霞む正面の山は、確か・・・

 「・・・小十郎、お前ってヤツは・・」

 そう呟いた途端、成実の両眼から涙が溢れてきた。
 その涙に滲む視線の先に映るのは、政宗が埋葬されている峰だった。



 ずっとあの二人を見てきた。多分、誰よりも一番近くで。
 だからその密やかな関係も知っていた。
 ほかに例え様もないほどに深く強く、その身も心も繋がっていた。
 それでも同じ墓に入ることなど到底許されない。

 だから、せめて、こうして。



 (お前ら、向こうでちゃんと会えたかよ・・・?)

 誰に語ることもなかったが、何人も裂くことなど出来ない二人だ。
 それならきっと、会えぬはずなどない。

 そんな確信が成実の中に芽生えた。



 政宗が死んだと聞かされても、小十郎が息を引き取っても一滴も流れなかった涙が、今になって後から後から零れて止まらない。その流れる涙が彼らを失った淋しさや悲しさではなく、二人が再び見まえただろう安堵の涙だと、成実はようやく気付いた。





 <終>



うわーん!すいません!もう何だか訳判らんかも・・・ダメじゃん。
もうちょっと、もうちょっと、巧く書きたかっ、た・・・orz
色々説明したいけど、そこはグッと堪えます。それが漢ってもんだ!・・・女だけど

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました!


二〇〇七年六月十九日了

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