どうしてそんなことを思いついたのか、いまとなってはもう思い出せない。
 おそらく収まりつつある戦乱に、ふといつまでもこのままでは居られないことを悟ったのかもしれない。







 「小十郎は、わしが死んだらどうする?」





 小十郎が驚いて見遣った先には、気だるげに脇息にもたれかかる政宗の姿。
 一刻ほどまえから飲み始めた酒もほどよく回り、交わす会話も硬い政のことから何でもないような戯言に変わっていた。そんな頃にどういう流れからか、政宗がそんな問いを発した。

 「・・殿。酔うておられまするのか?」
 「なんの!この程度で酔うものか。で、どうなのじゃ?わしの質問に答えよ」
 呆れたように云う小十郎に構わず、政宗は己の素面を主張し、先ほどの問いの答えを聞きたがった。
 目の前の主君は確かに衣の前をくつろぎ酔ったように見えるが、その瞳はきちんとした意志を保っている。ならばそれなりに答えねばならぬだろう、と小十郎は杯をことりと置くと、身体ごと向き直った。
 「恐れながらこの小十郎が御傍にある限り、みすみす殿を死なせるようなことはございませぬ」
 「・・・なるほど。しかしそれは戦場などでのことであろう。わしが死ぬるはそのようなときばかりではなかろうぞ?病で命を落とすこともあるやもしれぬ」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらそんなことを云う主君にも、よく出来た忠臣は済ました顔を崩さないまましばし沈黙したあと口を開いた。
 「・・・確かにおっしゃるとおりで。さればでござる」
 「うむ」
 政宗は脇息に肘をつき、前のめりになって小十郎の次の言葉を待った。
 「されば、まずは殿がお亡くなりになったことを三日ほど秘しましょう」
 「ほう、三日秘すか」
 合いの手のような政宗の声に小十郎は頷く。
 「はい。それと同時に国内の関所要所を固めまする。それから迅速に跡目を決め・・虎菊丸さまになりましょうが、直ちに元服させたまいて家督を継がせます」
 小十郎はすらすらと答えていく。  
 「家督相続が滞りなく済みますれば、国もひとつにまとまります。そうしましてから国内外へこの大事を知らしめ、殿の葬儀のお仕度を致します」
 「ほう、ようやくか」
 揶揄する政宗にも小十郎は当然と云わんばかりにこくりと頷く。
 「左様。死人は逃げませぬが、時流は逃げまする。そのあたりを踏まえますれば、物事の優先順位は自然と決まるものでござります」
 小十郎は人を喰ったような物言いとともににやりと笑った。それに気を悪くするふうもなく政宗も口角を上げると「それから?」と先を促す。
 「それから仙臺藩藩主として、そして伊達者の名に恥じぬような盛大な葬儀を執り行いまする」
 「墓所はこの仙臺を見渡せる高台に・・・そう経ヶ峰あたりがよろしいでしょうか。そこにご立派な御廟を建てましょう」
 「・・ああ、それは良いかも知れぬな」
 政宗は思い浮かべるように目を細めた。
 「四十九日では全ては整わないでしょうが、御廟の上っ面だけでも建ちましょう。そこに御遺体を埋葬いたし、御廟の普請も引き続きさせまする。少し騒がしいやもしれませぬが、それくらいの方がお寂しくないでしょう?」
 華やかで賑々しいものが大好きなのだから、と言外に匂わせる小十郎が憎らしい。政宗がふんと鼻を鳴らすと小十郎は笑みを深くした。
  「そうして御廟も建ち、百箇日も過ぎ、虎菊丸さまの元で国造りを進めて・・一年なぞあっという間でしょう。そうやって無事一周忌を済ませましたら・・」


 「殿の元へ参ります」

 
 そう静かに告げた小十郎に政宗は瞠目した。
 言葉を継げない政宗にも気づかぬように、遅うて申し訳ないとは思うのですが・・と、小十郎は続けた。
 「せっかく殿が作り上げましたこの国の行く末を見届け、後顧の憂いをなくしてから殿の元へ参ろうと思いましたので・・・そうしてあの世にてお会いしたときにご報告申し上げれば、殿もご安心であろうと」
 そう云って笑う小十郎の顔を見て、片方しかない政宗の視界が歪んだ。
 酔っていないといったが、こんな戯れを思いついた時点でやはり酔っていたのだろう。
 馬鹿な事を聞いたと、政宗はこのときになってはじめて後悔した。

 「・・後を追うことなど許すつもりはないぞ?遺書にも、そのように記してある」
 政宗は詰まりそうになる声を絞り出した。しかしそう告げながらも無駄な事も判っていた。
 この男は必ずいま延べたことをすべてやり遂げるだろう。
 そうして間違いなく自刃する。例えそれを禁じても。
 それが最初で最後の我が侭だと、許してほしいと云いながら、己を通すのだ。

 果たして小十郎は困ったような笑みを浮かべるだけで返事をしなかった。
 そうして。
 
 「これは酔うた小十郎の戯言にて。万が一つにも殿が先に死ぬるようなことはございませぬ・・まだまだ先は長うございますよ」

 小十郎はそう穏やかに笑って、また静かに杯を重ねた。













 <終>


忠臣こじゅの心意気を見せられて、嬉しいやらなんやらな殿。
殿の年は35〜40歳くらいの頃でお願いします。