月の綺麗な夜だった。
 昼の暑さが嘘のように涼やかな風がそよそよと頬を撫でるのを感じながら、政宗は酒を呑んでいた。杯を口元に運びながら、ちらりと傍らにいる小十郎を盗み見る。
 いつものように快く相伴を受けた小十郎はわずかに目を細め、月を眺めていた。胸元の合わせの膨らみは、おそらくいつ請われても良いように、と愛用の笛を懐に忍ばせているせいに違いない。

(・・・もちろん笛も良いのだが、)

 それよりも欲するのは、笛を吹くその身だ。

 政宗は己の持つ埓もない欲に小さな溜息を吐いた。

『わしのものになれ』

 そう言えば、小十郎が了、と答えることは判っていた。
 忠義に厚く、厳しくも優しさを併せ持つ男は、戸惑いながらもその身を差し出すだろう。
 だが、違うのだ。
 忠義だとか、家来だとか、そんなものからではない返事が欲しい。
 
 どうしたらそんな想いが伝わるのか。そして想いが遂げられるのか。
 もう随分と長い間考えているが、政宗には見当さえつかなかった
 そして今宵も「小十郎」と。ただその名を呼ぶことからしか始められない。
「はい」
「そちの笛が聞きたい」
「承知致しました」
 小十郎はまるで待ちかねたようにそう答えると、その懐から笛を取り出した。
「何を吹きましょうや?」
「任せる」
 そう政宗が委ねれば、小十郎はわずかな思案を巡らせる。
 二人の間に沈黙が降りるが、それは厭うようなものではなく、むしろ心地良ささえ感じられた。
「・・・では、あの月に相応しきものを」
 小十郎はそう告げて笛を構えた。
 流れ出した音色はまさに空にある月にふさわしく、冴え透き通るようなものだった。