秀吉からの再三にわたる小田原への参陣要請に折れたのは、片倉小十郎景綱の命を賭けた嘆願の力が大きかった。

 「もしもこの機を逸しますれば、関白どのの思うつぼ。この奥州へ攻め入り、我らの軍勢など捻り潰されましょう!」

 恐れ多くも、しかし正直な見通しを小十郎は評定の席で口にした。
 誇り高い政宗は激昂したが、それでも引かなかった。一度は怒り評定の席を立ってしまったが、元より聡明な主はそう時を経ず納得してくれた。
 が、いざ腰を上げてみると政宗の暗殺未遂、その咎による弟の切腹に母の出奔と。立て続けに起こった身内のいざこざに当初の予定が狂いに狂った。そうしてやっとのことで参陣を果たした頃には秀吉の機嫌は損なわれ、なかなか接見が許されなかった。それでもなんとか策を弄し、接見の約束を取り付けるまでに至り。
 ついに接見当日の朝。小十郎の前に現れた政宗は、なんと死に装束を纏っていた。
 「殿・・・っ!そのお姿は一体・・・?!」
 「小十郎。どうじゃ、似合うか?」
 呆気に取られる小十郎を前にして、政宗は見せびらかすように両腕を広げて人の悪い笑みを見せた。
 「似合うも、似合わぬも。そのような縁起の悪い装束・・・よもや、その格好で関白の御前へお出でなさるおつもりか?!」
 「おう。関白はじめ諸侯たちに、この政宗の覚悟を見せ付けてやるわ」
 その挑戦的に光る眼に、小十郎は政宗のいちかばちかの覚悟を覚った。

 (どうかしたら、これが見納めかもしれぬ・・・)
 石垣山への道々、白い背中を眺めながら小十郎は思った。そしてその姿が幕内に消えるのを見送りながら、万が一のときの自身の身の処し方も覚悟した。
 その白装束が再び目の前に翻ったのを見て、小十郎は深く息を吐いた。そのときになって初めて、ずっと息を詰めていたのだと気づいた。
 「・・・殿、首尾はいかがでござりましたか?」
 小十郎がそう聞けたのは、政宗が着替えを済ませたあとだった。
 「見ての通り、この首は繋がっておるわ」
 ハハハッ!と政宗は冗談めかして笑った。が、次の瞬間その表情は冷め、小十郎を体ごと引き寄せた。驚いた小十郎だったが、まるで幼子のようにしがみ付く主に何も云えず。態勢が崩れたのもそのままに、ただじっとしていた。

 「・・・・・・これから、どうなるであろうか」
 やがて胸元からくぐもった声が聞こえた。
 「さようでござりまするな・・・」
 小十郎はすでにいくつかの思案が浮かんではいたが、いまそれを云うことは憚られた。
 「秀吉に仕え、領地を守り・・・秀吉の子が生まれればそれに仕え、また我が子も同じように仕え・・・そうやって戦うことさえ諦め、一生を縛られていくのか・・・っ!?」
 その搾り出すような叫びに、小十郎は刹那揺らいだ。

 (一体、石垣山で何を聞き、何を見たのか・・・)
 小田原行きを勧めたのは、ひとえに政宗と伊達家を思ってのことだった。しかしそんな諫言をした結果が、政宗を苦しめようとは。
 ───けれど。
 まだこの先は長く、深い霧が立ち込めている。しかし、いま政宗の首は確かに繋がっているのだ。
 肩口に乗せられた小ぶりな頭に口を寄せた。
 「・・・殿。先のことなど誰にも判りませぬ。・・・例えそれが神仏であろうとも」
 「・・・宮司の息子が、その様なことを申すのか?」
 身じろぎして顔を向けた政宗は皮肉げに口元を歪めていた。
 (あと、もうひと押し)
 小十郎は慎重に答えた。
 「周りの誰もが"もう駄目じゃ、どうにもならぬ"とゆうていたものを、殿は何度も覆して参りました。それを某は間近で見て参りましたゆえ・・・神仏はもとより、殿のお力を何より信じておりまする。それゆえこの先のことも殿次第と心得まするが、如何に?」
 小十郎が笑むと政宗は目を見開き、そしてすぐに口元は弧を描いた。