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独り占め









 太閤の元に下り、京での暮らしをおくるようになって政宗には雑事が増えた。
 権力争いに揉まれた老獪な武将たちとの駆け引きに、目の届き難い国許の政。そのうえに京の洗練された文化が目の前にぶら下がっている───風流に目がない政宗にとって放っておけるわけもなく。京に来て間もない頃は、一日が一日では足りず、体が二つ欲しいほどだった。

 そんな政宗の状況や気持ちを汲んだのか、忠臣ばかりの伊達家中でもとくに成実、小十郎、綱元の三名の働きは見事なものだった。
 成実はひと所にいることのほうが苦であるから、使者として喜んであちらこちらに出かけては、案外巧く立ち回った。
 一番の年長者である綱元は内政を得意とし、政宗を通すほどのことのない件などを手早くやってのけた。
 そして目端の利く小十郎は全体に目を配り、何事もつつがなく治めてくれた。
 そうやって三人が力を合わせ、次々と案件を片付けてくれる。それはそれは大変有り難い事で、おかげで政宗は好きな歌や書に時間を割けたし、上達もした。鷹狩にだって出掛けられたし、京の名所といわれるところにも足を運べた。
 気まぐれな秀吉やその忠臣である石田三成らとの駆け引きなど、気の抜けないものであったが、それも京での生活は概ね面白かったのだ。

 しかし、である。

 政宗の体が空くということは、他の者の体が空かない、ということだ。結果、いつもそばに付き従っていた小十郎の体が空かなくなり、二人きりになる時間も減っていた。
 政宗はただ唯一、それが面白くなかった。

 幼い頃から徒小姓として、長じて傅役として、片時も離れず傍に居た。
 気がつくとその何もかもが欲しくなっていた。心はとうに差し出されていて、ついにはその身体まで手に入れることも叶った。
 そんな経緯のせいか、自分の望むすべてを与えてくれることに慣れすぎていた。隣に居る事が当たり前ですぎて、こんな気持ちは忘れていた。

 ───淋しい

 「・・・ええい、くそっ!」

 一瞬の弱気に自分自身を忌々しく罵り、政宗は脇息を倒しながら乱暴に立ち上がった。






 「小十郎、おるか!」
 
 今日こそは小十郎と過ごそうと、政宗は勇んで表の書院にやって来た。
 政宗の突然の来訪に書き物をしていた小十郎だったが、律儀にも居住まいを正して頭を下げる。いつもと変わらない主従として当たり前のことさえ、いまは余計なものに感じて政宗は小さく舌打ちをした。
 「殿、いかがなされましたか?」
 政宗の心中も知らず、小十郎はのんびりと問うた。
 人の気も知らずに・・などと思いもしたが、とにかく今は早く二人きりになりたくて、用意してきた文言を述べる。
 「今日は清水へゆこうと思うての。小十郎もまだ行ったことがなかろう?供をいたせ」
 「清水に・・!それはぜひともお供仕りまする」
 政宗の思惑とおり、小十郎は乗ってきた。持っていた筆を置き、墨や文鎮等と共に硯箱の中に収め、文机の上をいそいそと片付け始めた。
 実は好奇心旺盛な性格からか、小十郎は殊のほか名所名物が好きだった。それを見越しての誘い文句が功を奏して、政宗の口角は上がった。
 「紅葉にはまだ早いでしょうか」
 「うむ、ちと早いじゃろうな。そうだ、八坂の社にも寄ろうぞ。あそこの守りは流行り病に効くそうじゃ」
 「左様でございますか」
 これからゆく場所のことを楽しげに語り合っていれば、バタバタと落ち着きのない足音が近づいてきた。
 「おーい、小十郎!・・っと、これは殿も居られましたか!失礼仕った」
 現れたのは成実だった。
 「なんじゃ、成実か・・いかがした?」
 「なんと、気のないおっしゃりようですな。まあ、よろしいが・・殿にではなく小十郎に用がありましての。おい、小十郎。ちとこの書付のことで判らぬところがあるのだが・・・」
 「ほう、どの辺りが・・?」
 政宗をそっちのけで、成実と小十郎は一枚の書付を手に話を始めてしまった。
 所在無い政宗だったが、何分政務に関わることなので文句も云えない。すぐに終わると踏んで、障子にもたれておとなしく待つ事にした。

 「・・なるほど、そういうことか。万事心得た!」
 「では、よろしゅうお願い申し上げます・・殿、お待たせいたしました。参りましょうか?」
 「おう」
 そう時も掛からず二人の話は終わり、小十郎に促され書院を出ようとした。が、
 「なんじゃ?ふたり揃うて何処へ行かれるのだ?」
 そう問うてくる成実の目は爛々として、明らかに自分も行きたそうである。
 「ああ、実は殿のお供で清水へ。そうじゃ、成実どのも一緒に・・」
 「あー!成実はよい!」
 政宗は小十郎に最後まで云わせなかった。
 「は?ですが・・」
 「成実はその書付のことで忙しいであろうが」
 ぽかんとする小十郎に畳み掛けると成実が口を開いた。
 「いや、とくに急ぎでもないが・・」
 すると政宗は、今度は成実の言を遮って殊更に云い立てた。
 「それに忍んで参るのだ。そのように供を引き連れていたのでは、お忍びにならんだろうっ」
 「しかしお忍びとはいえ、成実どのおひとりくらいならば・・」
 年甲斐もなくムキになる政宗を不思議そうに眺めながら、小十郎は云い募る。
 「ああ、よいよい!」
 二人のやり取りを見ていた成実は次第にその目を細めると、急いで割って入った。
 「確かに殿の仰る通りである。小十郎、俺はまたの機会にするとしよう」
 成実はそう小十郎に取り成すと、政宗に向かってにやりと笑って見せた。その含みのある笑顔に政宗は多少嫌な予感を感じつつも、心中で成実を褒めた。
 「さ、ゆくぞ!小十郎」
 とにかく屋敷の中に居てはろくな事にならないと、政宗は小十郎を引っ張るように部屋を出たが、そこに。
 「おや、殿。こちらにおいででしたか」
  今度は綱元がやって来た。
 「・・・なんだ、綱元。わしに用か?」
 「いえ、殿ではなく小十郎に・・のう、小十郎。昨日飛脚に持たせた書状のことじゃが・・」
 「国許に送った書状のことであろうか?」
 「そうそう、その書状なのだが・・」
 「あっ!それならば、俺も聞きたいことがあったのだ!」

 そんなふうにして三人して顔を寄せ合っての談合が始まってしまった。
 その様子に政宗はむむむ、と眉間の皺を深くする。

 政は大事だ。それが自分の務めなのは百も承知だし、何においても優先すべきことでもある。
 しかし、そうはいっても。

 「綱元っ!」
 「はいっ?!」
 政宗の大きな声に綱元も思わず大きな返事を返す。
 「それは急ぐのかっ!?」
 「は、いえ。その、特段には・・」
 「では、明日にせよ。成実っ!そちもよいな!?」
 「そ、それはもう!」
 ぐるりと振り向いた政宗の形相に、成実は他に答えようもなく。
 「よし!小十郎っ!!」
 「はっ」
 「だ、そうだ。出かけるぞ!」
 成実に向けたものとは打って変わって、政宗はにこりと張り付いたような笑顔で云い放った。
 「は?え?あの、殿っ?!」
 政宗は乱暴な仕草で呆気に取られたままの小十郎の腕を取ると、引っ立てるように去っていった。
 そうして満足に片付けられてもいない書院に成実と綱元のふたりだけが残された。

 「・・・もしや、わしらは邪魔をしておったのであろうか?」
 「わしら、は心外じゃ。わしは早々に引き下がっていたのだぞ。それをそなたが・・」
 「なんと!話に乗ってこられたのは、成実どのであろうがっ」
 「わからないことがあったのだから、仕方ないであろうがっ!?」
 鼻息荒く顔を付き合わせる互いを目にして、下らない理由で下らない言い争いをする自分たちにすぐに脱力した。
 「・・・とりあえず、わしらも今日のところは仕舞いに致そうか」
 「・・・そうだな。殿たちも遊びにゆくのだ、我らも一杯やるか?」
 「喜んでご相伴仕ろう」
 そう話し合うと、ふたりして悪戯な笑みを浮かべた。
 「・・あーそれにしても、殿の小十郎贔屓にも参るのう~」
 成実は、やれやれとぼやきながら部屋を出て行く。
 あとに続こうとした綱元は、ふと文机に目を留めた。先ほどまで小十郎が使っていた美しい黒漆の硯箱の蓋がずれている。
 生真面目な性格で、いつも几帳面な小十郎が、余程急いでいたのか・・・。
 「・・ま、小十郎の殿贔屓も似たようなものだろう」
 ずれていた硯箱の蓋を直し、そうひとりごちると綱元も部屋を後にした。










 平成十九年九月二日 了


 こちらの小噺は【混沌の裏庭】のわかばマークさまの拙宅6000打リク「伊達の三傑と仲間に入れてもらえなくて拗ね気味の政宗さま」にお答えしたものです。
 伊達三傑の仲良しぶり、とくに綱元×成実はわかばマークさまとともにわたくしも激しく賛同したいですv
 ※現在定期的なキリリクはお受けしておりません。ご了承ください。