「・・・やれ、困ったものだ」 小十郎はひとり呟いた。 胡座を掻いて座った前には、煙草盆一式、珍しい書物、美しい蒔絵が施された文箱、白絹の反物、それぞれに付随した文の山。そこに先ほど早馬で届いた大きな岩牡蠣も加えると、座敷が一杯になりそうだった。 他のものは兎も角も、生ものだけに返すわけにもいかず、小十郎は小者に今夜の酒の肴にするよう云い付けた。そして目の前に置かれた品々をもう一度見渡して、ひとつため息を吐いた。 贈り物 岩出山から仙臺へ移り、人も増え、町も機能を果たし始めた。 険しい断崖の青葉山に築かれた城には天守閣こそなかったものの、その難攻不落さは揺るぎないものだった。またその麓に配された武家屋敷も城を守るようで、その強固さを確かにした。 城の大手門を出るとすぐに伊達家一門をはじめ重臣たちの屋敷が建ち並ぶ。小十郎もそうした中に混じり、城近くの屋敷を拝領した。 だが、初めて屋敷割りの図面を見せられたとき、小十郎はぎょっとした。他の一門を差し置いて己の屋敷の城近さに、辞退を申し出たほどだった。しかしそれは許されず、そのうえ上杉討伐の一環で攻略した要所でもある白石までも知行されてしまった。それでも飽き足らないのか、政宗は次々とさまざまな物を贈ってくる。そのことにさすがの小十郎もほとほと参っていた。 政宗の"小十郎贔屓"は、いまに始まったことではなかった。 政宗はその元々の気質から誰かに物をやるのが好きだった。家臣の多くが何かしらを下賜され、それを大事にしていた。しかし自分へのそれは度が過ぎているのではないかと、小十郎は政宗からさまざまな品が届くたびにいつも困惑した。 小十郎が政宗に身命を賭して仕えるのは、なにも褒美欲しさのためではない。 家格も低く、家を継ぐあてもなかった山のものとも海のものともわからない己を召抱え、そのうえ傅役にまで引き立ててくれた伊達家に、小十郎はただただ感謝していた。その恩に報いるために一心に励み、政宗のためならばその命を投げ打つことも厭うつもりはない。そこには何の打算もなかった。 そんな小十郎にとって、政宗からの知行や贈り物などは過ぎたものとしか感じられない。しかし当の政宗にその旨を伝えても、まったく聞き入れてはもらえず。 「小十郎はまこと欲を知らぬ」 そう呆れたように笑いながら、また小十郎の欲の無さを好ましく思うようだった。 政宗の気持ちは嬉しい。登城のたびに礼を云うが、それだけでは足りないほどに。 だからまた忠勤に励んでしまうのだが、そうすると手柄を立ててまた贈り物や知行が増える───その悪循環。 「さて、どうしたものか・・・」 小十郎は天井を仰いだ。 翌日。登城した小十郎は政宗の元を訪れ、昨日の岩牡蠣の礼を述べた。 「おお、美味かったか?」 「はい、大変美味でございましたが、しかし殿。もうあのようなお気遣いはご遠慮申し上げたく」 小十郎が控え目に、しかしきっぱりと云い切ると、政宗はくすりと小さく笑った。 「まだそのように申すか」 「何度でも」 「頑固だの」 「それはお互い様のように思われますが」 「はははっ!」 政宗はそんな問答に今度は声を上げて笑った。そうしてひとしきり笑うと、ふうと大きく息を吐き出した。 「物などでそちの心が動くとは思うてはおらぬ。もしそうならば昔、太閤殿下が三春をくれてやると申した時に、あのようにゆうてはくれなんだろう。あの折りは本当に嬉しかった・・・」 そう云うと、政宗は昔を懐かしむように遠くを見つめた。 むかし。 小十郎の才に惚れ込んだ秀吉は政宗の妻・愛姫の故郷である三春を餌に、小十郎を召抱えようとしたことがあった。 『もしこの身が伊達家に必要ないといわれれば、そのときは切腹仕り果てまする!』 きっぱりとそう云い切った小十郎を、政宗は一生忘れることはないだろう。 「あの折りのお前の心根に何とか報いたいと思い続けてきた。だが、他にお前に報いる方法が思いつかぬのだ。お前は何も欲しがらぬから・・・」 「小十郎にも欲しいものくらいございます」 政宗の目が輝いた。 「ほう、それはなんじゃ?名器といわれる笛か?いや、茶器か?それらをすべて買える黄金か?それとも、もうひとつ城でも所望するか?」 政宗は思いつくままに並び立てたが、そのどれもに小十郎は首を横に振った。そしてすっと、政宗の顔にその視線を定めるとゆっくりと口を開いた。 「小十郎が望みますのはただひとつ。"伊達政宗の天下"にございます」 思いも寄らぬ小十郎の言葉に政宗は目を瞠った。 「いまもむかしも某が望むものはそれだけにございますれば。ですから、どうかあのような贈り物の数々はもう・・・」 そう頭を下げた小十郎に、呆けていた政宗は思い出したように大きな声で笑った。 「ははは、そうか。俺の天下が欲しいか・・・まったく。やはりお前は欲が無い」 そう云った政宗が、その後もう余計な贈り物をすることはなかった。 08.02.14 NostalgicJapanのそーじさんの誕生日の捧げ物でございました。 |