温藉















 「・・・・っ十郎・・!」

 「・・・・・・ぁ・・っ!」

 腹の奥にじわりとした熱さが広がったのを感じた。それに呼応するように自身も白濁を溢す。そんな体になったことを浅ましく思いながらどうしようもできない。そんな自分に小十郎はいつも自嘲の笑みを漏らした。

 「・・・小、十郎・・?」

 背中越しに感じる早い鼓動と荒い息の主が声を掛けてくる。小十郎は気づかれぬように笑みを引っ込めると、まだ刺さったままの槍を抜くように政宗の下から這い出そうとした。しかし槍の持ち主はそれを許さず。

 「・・・殿」

 決して華奢とは言い難い腰を掴まれた小十郎は、不自然な姿勢のまま非難めいた視線を送った。

 「まあ待て。そう急くことはなかろう?」

 そう言って悪びれもしない政宗の顔は、ぞくりとするような男の色香を漂わせている。

 (こんな顔を見せられたら大抵の女子が靡くだろうな)

 男の小十郎にさえそう思わせるほど最近の政宗の男ぶりは上がっていた。





 政宗も二十代後半に差し掛かった。まさにこれからが男盛りという歳にも拘わらず、近頃の夜の相手ときたら小十郎ばかりだ。
 正室である愛姫を京へ人質として送り出したせいもあるが、名実ともに奥州第一の武将となった今、猫御前を筆頭に他にもそれなりの数の室がいる。その室たちを御座なりにすることはなかったが、さりとて熱心とも言い難い扱い方に小十郎はこっそりと嘆息していた。
 といっても己が召し出されることに不満がある訳ではなかった。確かに体には易しいものではなかったが、太閤による東国の平定によってとりあえずの平穏が訪れている今、急な戦に備えることもない。幼い頃から鍛えてきた体はほんの少しの休息で何とでもなる。
 ただ未だ世継ぎのない統領には、今少し熱心に女子を求めて欲しいと思う。
 しかし小十郎はそう告げることができないでいた。表には出さねど政宗自身そのことを気にしていることを判ってもいるからだ。





 「・・・さて、もう一戦・・」

 政宗はそう呟き、体位を変えようと四つ這いのままだった小十郎の片足を肩に担ぎ上げた。捻り上げられるような体勢に突き刺さったままの主の形を感じ取った小十郎は少し焦った。

 「は・・?!まだ続けられるので?」

 「おう、まだこのくらいでは足りぬ。付き合え、小十郎」

 「んぁ・・・っ!」

 いつの間にか力を取り戻していた陰茎をぐっと奥までねじ込まれ、小十郎は思わず呻いた。ますます迷惑そうに眉を顰め見上げる小十郎に構わぬどころか、その表情に満足したかのように微笑む政宗にさえ色気を感じる。そうしてその欲と情を孕んだ左眼に射られ、体を這う掌の熱に己の熱も上がる。小十郎はひどく恨めしく思いながらも、その熱には抗えなかった。















 無防備な小十郎の姿は貴重だ。その無駄のない均整のとれた背中を眺めながら政宗は煙草をふかしていた。
 空いている方の手をそっと伸ばし、肩から腰に掛けてのなだらかに流れる稜線をなぞってみる。普段は気配に敏い小十郎はそれでも柔らかい褥に体を投げ出したままぴくりとも動かない。



 一度では足りず、抜くこともせず何度も求めた。
 非難めいたきつい視線を向けた小十郎にも、恐れや気まずさは微塵も感じなかった。むしろその表情にますます煽られた。
 本人は決して認めまいが、その最中の小十郎には独特の艶がある。普段は大きく動くことのない表情が、自分に組み敷かれ激しく変わっていくのが政宗には堪らない。
 苦しげに寄せられた眉に、焦点の合わなくなっていく切れ長の目。声を殺しつつも、次第に耐え切れぬように開かれていく唇には噛み付きたくなる。(事実、何度も甘く噛み付くのだが・・・)
 今宵もそうして変化していくさまに興奮し、気をやるほど責め立ててしまった。何度も己の欲を放ち、小十郎にもそれを強いる行為を反芻して『無理をさせたか』と刹那、殊勝に思う。
 が、端から一度や二度で済ます気などなかったことを思い出すと、政宗は思わず自嘲した。

 年々増えてゆく室たちと褥を共にするのも悪くはなかった。
 しかし主で夫とはいえ、女相手となれば最中にも事後にもそれなりに気を遣う。
 女子という生き物はなかなかにやっかいだ。体だけでなく心を求める。そうかと思えば、心だけでは足りず体も欲しいと駄々を捏ねる。
 それが可愛いとも愛しいとも思う心に偽りはない。しかし時折、酷く厭わしくなるのも本当のことだった。
 伊達の統領として世継ぎを作ることは重要な責務である。
 正室である愛姫は遠い京に離れたが、手元にはまだ多くの室が居て交わりも持つ。しかしそれでもなかなか子に恵まれない事実は、剛毅な政宗にとっても憂鬱なことだった。

 そんな政宗にとって小十郎は様々な意味で特別だった。
 幼い頃から傍に居た、実の母よりも近く、親しい存在。
 いつからかこの胸に抱く想いは確かな形を持った。それを確かめるように求めれば、当然のようにその体を開いた。主の命を断れないのだろうと卑下もしたが、そうではないと穏やかに諭された。
 それからずっとその言葉に甘え続けている自分がいるのだ。



 「ん・・・」

 微かな声を上げ身動ぎをした小十郎に、政宗はすでに火も消えた煙管を煙草盆に放り出した。

 「あ・・・某、一体・・・?」

 「気づいたか・・ちと無理をさせた。すまぬ・・・」

 小十郎は政宗の言葉に上半身を起こしながら自分の置かれた状況をすぐに悟ったらしい。『いえ、某こそ大変失礼を・・・』と詫びながら、傍らに投げ出された単を掴むとその体を覆おうとした。政宗は咄嗟にその腕を取った。

 「・・・まだ、よいではないか」

 小十郎は自分の腕を掴む主を不思議そうに見遣ると、少し困ったような顔をした。

 「その、ご命令であれば従いまするが・・」

 「命ではない・・っ!」

 荒げたその声に怒気は含まれてはいない。どちらかというと切迫したような声色に、小十郎は慌てて取り成した。

 「ああ、その、申し訳ございませぬ。そうではなく、少し寒うございますので・・羽織うてはいけませぬか・・?」

 「あ・・・・」

 政宗ははっとして、小十郎の掴んでいた単を引っ手繰るようにしてその体を包んだ。布越しにも伝わる低い体温に政宗はぐっと眉間を寄せると、その冷えた体ごと抱き締めた。

 褥を共にしても滅多に見せない小十郎の寝姿を何も考えずただ眺めていた。いくら夏とはいえ、北の地の宵は冷える。慌てて腕にした小十郎の体は、冷え切っていた。

 (せめて薄掛けでもかけてやればよかったものを・・・)

 政宗はそう思い、唇を噛み締めた。

 いつも自分の我が侭が小十郎に無理をさせる。
 そして小十郎はいつもそれを許してしまう。





 「政宗様・・・」

 それきり肩口に顔埋めて黙ってしまった政宗に、小十郎は控えめに声を掛けた。
 が、返事はない。ただ自分を抱く腕の力を一層強くするばかりだった。
 
  (ああ、まったく・・・またこのお方はこうして自分を増長させるのだ・・・)

 小十郎は辛うじて自由になる左腕をそっと主の背に回した。

 体に回された政宗の腕は力強く温かい。
 その与えられる温もりに、小十郎は体の力を抜くとその身をすべて預けた。






 <終>
 

※温藉【おんしゃ】:心が広く穏やかで優しいこと

わたくしの妄想を掻き立て捲くるDATE主従の威力はすげぇ・・・