秋興 弐

破廉恥


 小十郎の口淫に政宗はそう時も掛からず吐精した。
 恐らくされたことはあっても、したことはないその行為は巧いものではなかったが、それでも小十郎がしているというだけで政宗の抑えは効かなかった。
 もう達するというのに離れようとしない小十郎はそのほとんどを咥内に受け、嚥下した。荒い息のまま、政宗は目の前の口端を拭う男に堪らぬように圧し掛かった。
 「殿・・・?」
 突然引き倒されて主の顔を下から見上げれば、その片方しかない瞳は淡い月光でさえ判るほど欲に濡れていた。
 「次はわしの番だ」
 言うが早いか胸の尖りに歯を立てられ、その甘い痛みに先ほどまで受けていた愛撫を思い出し、小十郎は必要以上に震えてしまう。
 「んっ・・・!」
 いつの間にか後ろに回されていた指が、今まで誰にも触れられたことのない部分にまで届いていた。撫でられる感覚に慣れない其処には否応なく力が入る。
 「・・・小十郎、力を抜け」
 「は、い・・・」
 小十郎は力を抜くために息を吐き出そうと意識した。しかしそんな簡単なことさえ思い出せないようにぎこちない。
 「・・・っ!」
 丸くなぞられていた指が一旦離れたと思ったのも束の間、今度はぬるりとした感触と共に中にまで入り込んできた。くちくちと立てる音から、すべりが良くなるように油のようなものに指を浸したのだろうと、小十郎はやけに冷静に思う。
 少々の痛みと異物感に小十郎の眉根は寄ったままだったが、それでもおかしな使命感から力を抜こうと荒い息を吐いていた。しばらく宥めるようにぬるぬると浅く出し入れされていたが、そのうち中を拡げるように円を描き始めた。
 「う、あっ!・・との・・っ!」
 例え様もない感覚に小十郎は情けなくも縋るように政宗の肩を掴んだ。
 「小十郎・・・」
 耳元の囁かれる掠れた声色を聞けば、否という言葉も喉で堰き止められた。

 拡がり始めたそこに指が増やされ、より深く入り込んできている。動かすたびに湿りを帯びた音も大きくなるようで余計に羞恥を煽られた。が、小十郎自身の霞んできた意識ではそんなことももうどうでも良くなってきていた。
 「・・・もう少し足を開けるか?」
 政宗に言われたように足を開こうとするがなかなかうまく動かない。まるで錆び付いたかのようにぎしぎしと音でも立てそうな錯覚に襲われる。
 と、そこにひたりと熱いものが充てられた。
 「ああぁ・・・っ!」
 押し入ってくる熱と質量に思わず腰も引け、背が大きくしなり、仰け反る。
 引き裂かれるような痛みは今まで浴びたどんな太刀傷よりも鮮烈に身体に刻み込まれるようだった。
 「・・・辛いか?」
 荒い息遣いは自分のものか、それとも眉根を寄せながら聞いてくる主君のものなのか。
 「・・・い、え・・・少し、慣れませぬ、だけで・・・殿こそ、辛う、ございませぬか・・・?」
 小十郎は痛みに喘ぎながらもそんなふうに気遣う。
 「ああ、そうだな。ちときついが・・・もう動きたい」
 切羽詰ったような政宗の呟きに、小十郎は思わず笑みを零しながら囁いた。
 「どうぞ、ご随意に」
 どれくらい経ったのか、衣擦れの音とどちらのものかも判らない息遣いだけが部屋を満たす。
 ふと小十郎は痛みをやり過ごすように固く閉じた瞼に光を感じた。
 夜も更けて大分経つというのに、この光はなんであろうか・・・と、幾らかましにはなったが、今だある痛みから気を逸らすように思う。
 政宗の身体の重みとゆっくりと抜き差しされる確かな感覚。
 痛みだけでなく混じリ始めた甘い疼き。
 露わになった胸元に、時折掠めるように触れられる指先は熱い。
 揺れる体に合わせて吐いて出る小さな呻きのせいもあって自分の置かれている状況も忘れてはいないが、何故か全く遠いところにいるような気もした。
 小十郎は確かめるようにゆっくりと目を開けると視線を彷徨わせた。肌に触れるひんやりとした風を感じてその方を見れば障子が開いたままで、そこから差し込む蒼い光に少し前に見た月明かりなのだと判った。
 (ああ・・・開け放したままであった)
 冷気は身体に好くない。主君に風邪でも引かせては傅役失格だな、などと小十郎はぼんやりとした頭で思い、知らず握り締めていた床を離すと左腕を障子に向かって伸ばした。
 「如何した?」
 問い掛ける声に焦点を合わせれば、頭上にある主の顔。
 「障子が・・・」
 「ん?」
 「障子を開けたままで・・・閉めませぬと・・夜気は身体に障りますゆえ・・」
 どこかぼんやりした様子で場にそぐわないことを言っている小十郎に一瞬目を見張った政宗だったが、ふっと笑うと伸ばされた左手に自身の右手を抑えるように重ねた。
 「閉めずともよい・・月明かりが美しいではないか」
 「し、かし・・・」
 「それに」
 言い募る小十郎の言葉を政宗は遮った。
 「この方が、そちの顔が良う見える。そちもわしを見ろ」
 そう言いながら近づいてきた政宗の顔がぼやけるのと入れ替わりに唇に温かく湿った感触を覚えた。それが政宗の唇だと判って、そういえば未だこうして唇に触れていなかったと小十郎は思い出した。
 中にまで入り込んできた舌は薄く、そのくせやけに熱い。自分を探すように蠢く主の舌に応えるように小十郎も自身を絡めた。
 「んっ・・ふ、ぁ・・・っ・・っ!」
 激しくなる口付けに呼応するように政宗の動きも速く荒々しいものに変わっていく。繋げていられなくなった唇から漏れる声を抑えるために小十郎は手の甲を当て塞いだ。
 「抑えるな、聞かせよ。顔も、声も・・全て見せよ」
 そう言いながら政宗は小十郎の手を外されると頭上に縫い付けた。
 「わしとて・・全て見せているのだぞ?」
 政宗のその自嘲めいた呟きに小十郎は胸を突かれた。
 政宗のためなら何もかも差し出すことに躊躇いなどなかった。
 心などとうの昔に投げ出していた。
 体は──戦のたびにその御身を守るためだけのものと思っていたが・・・。
 女のようにまろうてはいない体。素直に受け入れる処も、甘い声も持たない。僅かばかり残る男としての羞恥もある。
 しかし政宗の言う“全て”とは、そんなもの一切合財のことなのだろう。
 揺れる瞳で、しかし真っ直ぐと見つめてくる政宗は、自身もその一切を見せているのだ。生まれたときから一番近くにいた男を欲し、求めることへの期待も羞恥も懸念も何もかも───。
 「・・・殿」
 名を呼ぶ声は優しく、小十郎はその先の言葉の代わりに口づけた。

 詰まらぬ羞恥も捨て去ってしまえば、何もかもを曝け出すのもそう難しいことでもなかった。
 「・・・っん、は・・ぁ・・あぁ・・っ」
 自身が挙げる声をどこか遠くで聞きながらも、小十郎はただやってくる快楽に身を任せた。
 政宗は自身が与える快楽に素直に返す小十郎の姿にその余裕も次第になくなる。打ち付ける速さも深さも自身でも加減ができぬほど、ただ欲という本能が勝手に暴れているようだった。
 「と、の・・・もう・・・・・っ!」
 挿れてしばらくは力を無くしていた小十郎自身も今は芯を取り戻しており、その鈴口からはとろとろと涙を流していた。まだ一度も達していないのだから確かに限界なのだろう。
 小十郎自身我慢しきれぬように手を置いて、その身も捩らんばかりに頭を振る姿を目にして政宗は酷く満たされた気持ちになった。そして決して弱音など吐かぬ男の懇願に応えるように、政宗は自分の手を重ね、ゆるゆると扱いてやる。
 「・・あ、あ、あぁ・・・んっ・・く・・・・っ!」
 後ろと前を同時に責め立てられると益々身を捩り、小十郎もついに我慢しきれず精を放った。自然締め付けることになった若く抑えも効かぬ政宗も追随するように二度目の解放を果たした。
 「・・・は、は・・っ・・・ご、ぶれいを・・」
 まだ荒い息のままの小十郎は、政宗の手にもかかった飛沫を拭おうと手を伸ばした。
 「・・・は、はははっ!よい、構うな。そなた、やはり何処までも小十郎だな・・・」
 政宗は呆れたような、しかし満足気に深く息を吐くと、汚れなど構わずに小十郎の胸の上に突っ伏してくつくつと笑った。
 何がおかしいのか今一つ合点の行かない小十郎だったが、政宗が良い気分であるならば何も言う事はない。
 胸の内も外も温かいのはこの存在のおかげなのだ、と小十郎は確かめるように政宗を掻き抱いた。
 「小十郎・・・?」
 訝しげに顔を上げる政宗に小十郎はその背に回した手に一段と力を込めた。
 「・・・・思うとおりにお進みなされませ。小十郎は何処までも付いて参りますゆえ」
 「・・・そうか。それは心強いな・・」
 そう応えた政宗の顔は自信に満ちたものだった。