七夕飾り










 「小十郎。このあと、ちと付き合え」

 政宗の朝の相伴に預かり、湯漬けを啜っているときにそう云われた。

 「どちらに?」

 「んん?ついて来れば判る」

 政宗はぽりぽりと漬物を噛みながら、にやんと笑って答える。
 こういう笑いを見せる時の政宗は、これ以上訊いてもまず答えることはない。

 (また何か思いついたのだろう・・)

 政宗の悪戯好きな性格は二十歳を越えても変わらない。むしろ智恵がついた分性質が悪くなっている気がする───小十郎はこっそり嘆息した。そして『承知いたしました』とだけ返して、自身も漬物を口に入れるとぽりぽりと音を立てた。





 じりじりと焼けつくような太陽の下、少し歩いただけでも汗が噴出し滴る。立秋も過ぎたが、その日差しはまだまだ真夏のそれだ。そんな中を小十郎は政宗の供をして、城の裏手の小山に分け入っていた。



 政宗は急ぎの書状類に目を通し終わると、あらかじめ云っていたように小十郎をともに裏山にやって来た。館を出る政宗の手には、どこから持ってきたものか鉈が握られていた。



 辛うじてある獣道に入れば、強い日差しは遮られ、暑さも幾分かましになる。ただ満足に落とされていない木々の小枝が頬を掠り、行く手を遮って鬱陶しい。

 「・・殿、こんなところに何の御用が?」

 鬱陶しそうに枝を払い進む小十郎が問う。

 「うむ、笹が欲しゅうてな」

 前をゆく政宗はばっさばっさと面白そうに小枝を払いながら答えた。

 「笹を・・?それでしたら小者にでも取りにやらせればよろしいものを・・この暑い中、殿御自らがこのような藪の中で怪我でもなさったら・・・痛っ!」

 「どうした?・・・おう、引っ掛けたか」

 小十郎の声に振り向いた政宗の腕が伸び、その指が頬に触れた。小十郎は触れられて走る小さな痛みに、自身の頬が切れていることを知ると口を開いた。
 
 「ほれ御覧の通り、やはり危のございまする。笹は某が取って参りますゆえ、お戻り・・っ!」

 まだ傅役が抜け切らない小十郎の小言を、不意に迫って頬を舐め上げた政宗の熱い舌が遮った。

 「殿・・っ!」

 小十郎は咎めるように呼び、思わず身を引く。

 「・・・ふむ、確かに危ないのう。小十郎、気をつけろよ」

 政宗の悪戯と少しの欲を含んだ笑みに、小十郎は眉根を寄せた。





 「・・・なんだ、何をそのように怒っているのだ?」

 自身の身丈の倍ほどもある笹を担いで城の門を潜る政宗は、訳が判らないといったふうに問うてくる。
 小十郎にしたら何もかもが腹立たしい。
 この炎天下の中を領主自らが山に分け入っていくことも、自らが鉈を振るったことも、そうして切り取った笹を自らが担ぐ事も。そして思わせぶりに頬を舐められたことも・・・そのどれもこれもが。しかしこうした不満を表に出すことは臣下として憚られる。そして小十郎の年長者としての、そして元
傅役としての、ささやかな誇りが邪魔をする。

 「・・別に何も、怒ってなどおりませぬ」

 そう返しながらも、小十郎はむっすりとしたままである。その様子に政宗は呆れたような、それでいてさも面白そうに小憎たらしい笑みを浮かべ、『そうか?』などととぼけた。
 それでも館に入り、進んでいく政宗に小十郎は従う。まだ傍を離れる事を許されていないからは、どんな心持ちであろうとどこまでも付き従っていくのが己の役目だと、小十郎は信じて疑わない。そうして行き着いたのは、奥───愛姫の元であった。

 「愛!土産じゃ」

 「まあ!これはなんと立派な笹にござりましょう」

 「殿っ!まあ、そのようなものをこんな奥にまで・・!小十郎、そなたが付いていながらなんとしたこと!」

 小十郎よりも早くからやはり傅役であった喜多は、今でも政宗を叱り、弟である小十郎にも容赦がない。

 「まあ、その頬はどうしたのじゃ?切ったのか?きちんと手当てせねば、この時期すぐに膿むぞ・・」

 「姉上、そんな大した傷ではござりませぬゆえ・・」

 小十郎の頬を見た喜多は懐から手拭いを取り出すと傷に手を伸ばそうとしたが、小十郎はその手をやんわりと押し返した。その様子をちゃっかりと上座に腰を落ち着け見ていた政宗は呆れたように呟いた。

 「やれやれ、相変わらず喜多は口やかましく、心配性よのう・・」

 「まあ、なんというおっしゃりよう!男の小十郎だから良かったものの、もし奥方さまがその笹などでお怪我でもしたらと、喜多は・・」

 「もうよいではないか、喜多。わたくしが気をつければよろしいことでしょう」

 喜多の小言に愛姫が割って入った。

 「それよりもさっそく短冊の用意をせねばのう」

 愛姫はそう楽しそうに云うと、その愛らしい顔をいっそう綻ばせた。
 喜多のお小言はまだまだ足りないようだったが、『まったく、奥方さまときたら・・・』と呟いくとそれ以上何も云わなかった。愛の無邪気な様子に毒気を抜かれてしまったようだ。
 深窓の姫として育ち、嫁いだ愛姫は少々風変わりだ。こうしたものを持ち込んだら、喜多のような反応が普通であろう。しかし愛姫ときたら童のように目を輝かせる。そうした様子を見て政宗も楽しそうにする。政略結婚で結ばれた二人だが、その愛情は深い。
 そのさまに幼い頃の愛情に飢えた政宗を知る喜多と小十郎の心も柔らぐ。だからそれ以上五月蝿いことを云えなくなるのもこの姉弟の常であったのだが。

 愛姫は二人に冷水を振舞うよう喜多に云うと、自身は奥に入り一つの文箱を持って戻ってきた。蓋を開けると中には色とりどりの美しい紙がぎっしりと入っていた。それは巻紙や書状用の上等な紙の切れ端で、常から集めておいたものらしい。
 紙は高価なものだ。とくに錦が入ったものや厚紙なら尚のこと、如何に上流の家であろうと粗末に出来るようなものではない。だから例え切れ端であろうとも、愛姫も普段からこうして大事にしているらしかった。それらを女子二人は器用に折ったり切り始める。そして人形やくす玉、投網に巾着など、複雑な形を成していく。

 「ほう・・器用なものだ。なあ、小十郎」

 よく冷えた井戸水で喉を潤しながらその様子を見ていた政宗は感心した。

 「はい、誠に・・このような形をよくも思いつきまするな」

 小十郎もそう答えながら、綺麗な網目状になったくす玉を手に取ると掌で転がした。

 「ふふふ。おなごとて頭を使うておりますのよ、小十郎どの」

 「あ!いえ、そのような意味では・・!」

 愛姫の言葉に生真面目な小十郎は慌てるが、政宗や喜多は共にに笑うばかりだ。そうして政宗と小十郎は、目の前で出来上がっていく七夕飾りをぼんやりと眺めていた。
 しばらくして掌の上で飾りの一つを遊ばせていた政宗がふと口を開いた。

 「のう、愛。女子はみな、こうしたものが作れるものか?」

 政宗の問い掛けに熱心に紙を折っていた愛姫が顔を上げる。

 「はて・・みながみな、という訳ではござりませぬでしょうけれど・・・」

 愛は首を傾げて思案顔で答えた。

 「では、愛は何処でこれを覚えた?」

 「わたくしは乳母やや侍女たちに教わりましたが?」

 「ふぅむ、そうか・・・これは、良いかも知れぬな」

 政宗は片方だけの目をきらきらと輝かせ、呟いた。

 「殿、どういうことで?」

 小十郎は何か思いついたらしい政宗に問うた。

 「うむ、この七夕飾りはなかなか見事な細工だろう?これを城下の女子たちに広め、名物にするのはどうであろうかと思うてな」

 「ほう、なるほど・・・」

 政宗の案に小十郎も感心しながら目の前の細工を摘み上げた。

 「まあ、それはよろしゅうございまする!町も華やかになりますし、女子はこうしたものを作るのが好きですから」

 喜多も楽しそうに政宗の話に賛成した。

 「それに・・これを畑に出られぬ冬の間の内職とし、他国へも売り物にしましたらいかがでしょう?少しは暮らしの足しになるのでは?」

 喜多の言葉を継ぐように小十郎はそんな提案をした。

 「おお、それは良い!よし、さっそく元信と談合し手配をさせよう。行くぞ、小十郎!」

 云うが早いか、政宗はばたばたと部屋を出て行く。

 「はっ。では失礼仕ります」

 せっかちな政宗に苦笑しながら、小十郎も愛たちへの挨拶もそこそこに後に続いた。

 「・・・やれやれ、まるで嵐のようでございまするなぁ。どこでお育て方を間違うたものやら・・・」

 政宗の動きに散らばった飾りをかき集めながら、喜多は呆れた様子で呟いた。

 「あら、喜多。殿方とは、あのようなものなのではありませぬか」

 そう何でもないよう云ってカラカラと笑う愛姫に、喜多は密かに舌を巻いた。





 <終>

 七夕ももうすぐ、ということで季節物小噺をひとつ。
 現在の七夕祭りもまーくんが婦女子の文化的向上を提唱して広まったということを小耳に挟んで妄想。実際広まったのは江戸期に入ってからなんですが、このお話ではまだ米沢あたりにいるみたい・・・
>曖昧・笑
 仙台七夕祭り行きたいな・・・