秋の物思い。
「・・・さて、何をどうしたらよいものやら」
大きくもない部屋が夕闇に沈み込み、手元さえ覚束なくなったことに気づいて小十郎は燭台を灯しながら一人呟いた。
秋の夕暮れは早い。庭に面した廊下を渡って開け放しの障子からひんやりとした風が舞い込む。ついこの間まで暑くてかなわんとぼやいていたのが嘘のように、この北の地には駆け足で季節がやってくる。
そして今日、秋風とともに舞い込んだのは政宗からの誘い。
元々持つ腹の据わった性格と破天荒な主君の振る舞いには慣れきっている小十郎だ。言われてすぐは困惑したが、腹を決めてしまえばあとはいかに卒なく事を運び、またいかに政宗を満足させるかだけを考え始めた。
自分が受け入れることに異論はなかった。命ではないとはいえ、主君を相手にするものだ。そのうえ政宗が望むものなら与えてやりたいと思うのは、傅役の頃から変わらない。もちろん政宗が求めるのならばその逆でも構わなかったが、今日の誘いはそうではなかろう。
なんにせよ、日頃厳しいながらも最後の最後で政宗の我が儘を許してしまう、小十郎はそんな男であった。
しかし小十郎はこの手のことに明るい方ではない。
男という都合上、女の持つ器官は持ち得ない。ではどこで政宗を受け入れるのかと考えれば、それは一つしか思い当たらなかった。本来とは違う目的でその場所を使おうというのだから、何かしらの用意というものが必要であろうか、と普段使わぬ部分の脳みそを酷使し、うんうんと唸る様を見たら政宗あたりはまたにやにやと笑うだろう。
とにかく。
伝え聞いた怪しい知識を現実的な想像力で補いながら、小十郎はぼんやりとではあるが、思いつくままに用意を始めた。
小十郎はいつもより念入りに湯浴みをし、白い寝間着姿になった。政宗付きの小者が使いに来ると、言われるままに後についていく。
蝋燭の心許ない灯りを頼りに廊下を進みながら、ふと目の前の小者に目が止まった。小十郎には歳若い彼の者のほうが自分などより余程見目も良く愛嬌もあるように思われ、心なし眉根が寄る。
そんなことを思う小十郎の脳裏にふと、『わしはお前が良いのだ』という政宗の声が甦った。その声に自身のつまらぬ心を見透かされた気がして、思わず一人苦笑した。
寝所に通されると政宗の姿はなかった。
燭台が灯された室内にはすでに布団も敷かれ、枕元には酒の用意もされていた。この様子なら程なく政宗もやってくるのだろうと思い、小十郎は枕元に座して静かに待った。
すぐにやってくるだろうと思っていた主は、しかしなかなかやって来なかった。そうして半刻もした頃、何かあったのかと心配になった小十郎が様子を見に行こうかと腰を浮かせた所に政宗が顔を見せた。
「・・おう、来ておったか」
小十郎を見ての第一声は意外そうにも、そして嬉しそうにも聞こえた。
「どこぞへ参るつもりだったか?」
立ち上がりかけていた小十郎からふいと視線を外した政宗が問うた。
「は・・?いえ、政宗様がなかなかお出でになりませぬゆえ、何か火急の用でも持ち上がったかと・・」
そこまで言って、小十郎は目を伏せたままの政宗にはっとした。
これは夕餉前の書院でのやり取りと同じではなかろうか。
政宗は『夜伽をせよ』とは言ったものの、『命ではない』と無理強いをするつもりもなく、しかし断られることにも怯えていた。夜になり使いはやったものの、やはり心変わりをしたのではないかと案じ、じっとしても居られず部屋を出たとしたら・・・。
そうした中、やっと部屋に戻って目当ての姿を認めて喜んだのも束の間、立ち上がった姿に部屋から出て行くところだったかと早合点したのでは?
小十郎は元のように座すと、枕元の酒器を手に取った。
「政宗様。まずは一献いかがでございますか?」
目の高さまで掲げてやれば、逸らしたままだった右目を向けて柔らかく細めた。
外からは虫の音が耳障りにならぬ程度の樂を奏でている。向かい合い杯を傾けあえば、いつもと変わらぬような夜だ。大抵は成実を交えて、時折二人きりでつらつらと語り合いながら飲み明かす。それは誰に遠慮する事もなく、また余計な打算もない酷く心地いい時間だった。
しかし今宵はいつもとは少々違う。いや少々どころか、成実あたりに知られれば面白がってかぶりつきに見物にやってくるような事がこれからあるはずだ。それはそれで愉快だと臍曲がりの政宗ならば剛毅に笑うかもしれないが。
酒も尽き、それまでの気安い空気が違うものに塗り替えられてゆく。燭台の蝋もだいぶ減り、時折じじじっと濃い煤を吐き出してそのときが近づいていることを勝手に知らせてくれる。
「・・・ちと、風を入れましょうか・・」
息苦しさを感じて先に立ち上がったのは小十郎のほうだった。
廊下に面した障子をほんの少し開けると遠かった虫の音が流れ込み、それと共に一陣の風をも連れ込んだ。
ふ、と辺りが闇に包まれる。
振り向けば、舞い込んだ風によって消された灯火からは白い煙が立ち上り、辺りを漂う。その様子が灯りのない中でも見えることに小十郎が不思議に思えば、空には臥し待ち月が浮かんでいた。
欠けた月の淡い光が室内を青く染め、それはなんとも静謐な世界だった。
ふと外気で冷えた小十郎の体を温かなものが包んだ。視線を落とすと腰に腕が回されている。
「・・・小十郎」
耳元で聞こえる声は低く、しかしどこか甘さを含んでいる。小十郎はその声に応えるように腰に回された政宗の腕に自身の大きな掌を重ねた。そこから伝わる感触は固く、筋張って力強い。戦に出て刀を振るうその腕はもう梵天丸のそれではないことを、小十郎は今更ながらに感じ入った。
しばし呆けていた小十郎に焦れたように政宗は積極的に動き出した。
耳朶を舐られ、耳殻を甘噛みされる。いつの間にか腰から外された手は胸元の合わせ目から中に入り込んで素肌を弄り、その間も生温かい感触が首筋を伝う。
「・・ふ・・っ・・・・・」
慣れぬ施しに小十郎は押さえ切れず、吐息のような声を漏らした。それに気を良くしたように背後の政宗が微笑んだのが、首筋を伝う気配で判る。
今度は胸を弄る手とは反対の手が裾を手繰って忍び込んできた。
「政宗様・・・!」
驚いた小十郎は思わずそのふしだらな手を押さえ、その名を呼んだ。
「・・・なんだ?」
問われれば、命でない伽を承知したのは己自身で小十郎は言い返す言葉を持たない。
「あ、いえ・・・・んっ・・!」
布越しに触れられたそこはわずかに兆し、与えられる僅かな刺激にも反応を返す。体の芯をやわやわと揉み込まれ、胸元の尖りを指先で転がされながら、半ばまで肌蹴られた肩口を舐られる。同時に与えられ続ける甘い刺激に、小十郎は一尺ほど開いたままの障子に縋るようにずるずると沈み込んだ。
(・・・これは一方的過ぎぬか・・?)
いつもよりも惚けた小十郎の頭の隅に、それでも主へ仕えようという気概が頭を擡げる。
「・・ま、政宗様、お待ちくだ、さい・・」
制止の言葉に政宗の体がびくりと震え、固くなったのが伝わった。きっとまた要らぬ思いを抱いたに違いない。
(ああ、そうではないのに・・)と思いながら、小十郎は正面に向き直ると月に青く照らし出された政宗の頬に触れた。
強く大きくなった身体と知略を弄するようになった頭脳を持っても未だ十九の若者。正面から見据えながらも不安げに揺れる瞳の奥を覗きみて小十郎の心はじんと甘い痛みを覚えた。
「わたくしもさせていただきまする・・そうでなくては伽とは申しませぬゆえ」
そう含めるように囁き、柔らかく笑って見せてやると政宗の表情も緩んだ。
小十郎はそのまま政宗の乱れた裾を割り、足の間に顔を埋めた。鼻先のそれはすでに大分固くなり、窮屈そうに下帯に収まっている。布の上からそっと食めばびくりびくと動き、面白いほどの反応を示した。このままではきついかろうと、結び目を解いて布を取り去ってしまうと飛んでいきそうな勢いで反り返る様子に小十郎は思わずくすりと笑った。
「・・・何がおかしい」
「いえ、別に・・・ただ」
「ただ・・なんじゃ?」
むうっとした声で問うてくる政宗に小十郎は苦笑しながら答えた。
「は・・ただ、わたくしめを相手にこのようになっておられるのが不思議でなりませぬので・・」
「ふん・・言ったであろう?お前だからだ」
照れて不貞腐れたような言い方だが、その言葉の持つ意味は当たり前のようで特別だった。
弐→